動物も自然も宇宙も、時間が流れると変化をする。
人は老いる。
花は枯れる。
宇宙は膨張する(らしい)。
時間の流れは、僕たちに変化をもたらす。

時間は不可逆である。
では、人は?
ただ時間が流れていくだけではない。
その中には縁があり、経験がある。
それによって思考や人格、哲学が変化をする。
変化しないこともある。
一度変わってしまったら、もう元には戻れないのか。

僕は子どもの頃、鴨になりたかった。
「頭が緑で綺麗だから」という理由だった。
幼稚園の先生がお誕生日会に画用紙で鴨を作ってくれた。
鴨についての本を図書館で毎週借りていた。
夕食に鴨肉が出て母親と喧嘩をした。
本気で鴨になりたかったから。
小学校中学年になる頃に、「人間は鴨になれない」となんとなく思った。
そこからは小説家になりたいとか、学校の先生になりたいとか、「鴨」でないものになりたいと言うようになった。
しかしさらに時が流れた今は、「人も鴨になれるんじゃないか」と今一度思っている。
自分が自分を心から「鴨」だと認識すれば、鴨になれるんじゃないか。
今自分が鴨じゃないのは、自分を鴨だと認識していないからなんじゃないか。
その潜在意識があるから結果的に鴨になるのは難しいけど、無意識から自分を鴨だと思った時、僕は鴨になれるんじゃないか。

これは、成長なのか、退化なのか、停滞なのか。
漠然と「鴨になれる」と信じていたあの頃。
きっと一番鴨に近かったあの頃。
その頃の気持ちに、僕はもう二度となれないのか。
10年後があるとすれば、その僕は一体どんな気持ちなのか。
今と同じ気持ちがあるのか。
それは、良いことなのか、そうでないのか。
変わることの美しさと、寂しさ。
変わらないことの美しさと、寂しさ。
どちらも存在する。
どちらを自分が選ぶのか、今の僕にはきっと答えは出せない。
何年経っても出ないのかもしれない。
だから写真を撮って未来に託す。
今の僕には素晴らしいと思える写真が、未来の僕は好きになれないかもしれない。
今の僕には良いと思えない写真が、未来の僕には感動的かもしれない。
今の僕にとっての傑作が、未来の僕にとっても傑作かもしれない。
変わるもの、変わらないもの。
未来の自分への手紙、タイムカプセル。
ひとつひとつ大切に仕舞っていく。