写真を撮っている自分は、自分の中に2人いるように思う。

一人は、「こういうことを表現したい」とか、「こういう風に撮ろう」とか、冷静に撮影に臨もうとしている僕。
考えながら撮っているというか、頭が働いている状態。

もう一人は、「これいいな!好きだな!」という気持ちだけで走っている僕。
興奮状態で、「これが何を表しているのか」とかはあまり考えられていなくて、ただそこにある美しさへの衝動に駆られている、動物的な状態。

前者の自分が何を考えているのかは、他のテーマについての項目で語った通り。
では、後者の自分が撮った写真には意味なんてないのか、必要のない写真なのかというと、それは違うのではないかと思っている。

自分は、撮影という行為には常々「性衝動」に似た何かを感じている。
理性が保てなくなって、本能のままに夢中でシャッターを切っている瞬間。
目の前にいる被写体への愛しさや憧れや感謝の気持ちが溢れて、大事にしたいようなめちゃくちゃにしたいような感情で爆発しそうになる。
苦しくて、痛くて、悲しくて、寂しくて、でもやっぱり気持ちが良くて。
そういう「理屈や言葉では説明できないけど、自分が求めているもの・美しいと思うもの」に意味がないとは思えなくて。
本能的・官能的・耽美的なものの中にしか見えないものがあるんじゃないか、自分が本当に欲しいのはそれなんじゃないかって。
上手に言葉にできなくて、やっぱり伝えられないんだけど。。。

どんなに食欲がなくても、栄養を取らないと生きていけない。
まだ寝たくないって思っていても、気がついたら眠りに落ちていることもある。
食欲や睡眠欲と違って、性欲は「満たされないと死んでしまう」というわけではない。
でも、身体や心は確かに欲求を感じて、「足りない」となにかを求める。

そうして自分の遺伝子を作品に遺して逝くことが、このリビドーの行く先なのかもしれない。